山本代表メッセージ

Dear CHAMP Members and Members to be:

皆様、10月1日(金)緊急事態宣言が解除されましたね。とは言っても、諸手を挙げて喜ぶ訳には行きません。されど日本は、新型コロナ犠牲者数においては世界でとても少ない(2021年10月11日付Johns Hopkins大学集計:感染者数171万人、死者数17,960人)のです。ご存知のように、最多・最悪はアメリカで感染者数4,434万人、死者数71.3万人、次はインドで同3,397万人、同45.1万人、3番目はブラジルで同2,158万人、同60.1万人です。その次はイギリス・ロシア・トルコ・フランスです。アメリカの数字は目を疑うような数で、71万人以上が新型コロナウィルスで亡くなられたとは先進国として恥ずべきと言う他ありません。
日本における最近の感染者数の減少理由は定かではないとのことですが、一つには入院できないまま多くの自宅療養者が死亡に至った現実を知り、全国民が新型コロナ感染への恐怖を共有したことにあると思います。二つ目はマスク着用の効果ではないでしょうか。他国には見られない日本人のマスク着用の習慣と全般的に清潔好きの国民性がかなり有効だったと思われます。いずれにしても正念場はこれからの数か月ですね。気を緩めず、頑張りましょう!

オリンピック・パラリンピックを開催して良かったと思います:
賛否両論、どちらかと言えば反対意見の方が多かったオリパラの開催ですが、私自身は開催に踏み切って良かったと思っています。1年の延期後5年間の準備と試練に耐えたアスリートと関係者達の努力は大変なものであったと推察します。本号ではオリパラ感想記が特集されています。特にパラリンピックのアスリートには感動と勇気と反省をもらいました。五体満足の自分が感謝不足で生きていることを強く感じた次第です。パラリンピックの選手達の晴れやかな、ハンディをものともしない闘い振りにただただ感動と勇気をいただきました。ありがとうございました。

CHAMP会員皆様にお願いがあります:
前号で私はこれからの生き方について再考したことをお伝えしました。
そこで皆様にお願いがあります。今、皆様が考えていること、思っていることを知らせて下さい。
簡単で短くて結構です=箇条書きでもいいです(勿論長文でも結構です)。
1) 今、何が楽しいか、
2) 今、困っていること、不満に思っていること、悩んでいることは何か、
3) 今、何がしたいか、これから何がしたいか。
お好きな方法で、お伝え下さい。チャンプの今後の活動計画に役立てたいと願います。
メール:info@champjapan.com  または山本個人宛メール:glinc@glinc.com
郵便:〒252-0804 神奈川県藤沢市湘南台2-12-1-1208 チャンプ山本儀子宛
「あたり前」ということは何もない、と前号で書きました:だから今この時を大切にしましょう!これからの人生をできるだけ悔いなく生きていくために、楽しい時間を過ごせるように、みんなで助け合って参りましょう。私は、Never too late遅すぎることは無い、という表現が好きです。いつでも自分が思い立った時に、自分の人生を創られるor変えられる。そう今日、今からでも、と信じています。若い会員の皆様もぜひ知らせて下さい。

10月11日(月)チャンプ例会(湘南台本部&via ZOOM):
湘南台チャンプ本部での開催は2020年7月11日(土)以来でした。久しぶりに皆様(参加者湘南台18名・Zoom13名)にお会いできました。山本の「アメリカよもやま話」の後に、参加者からの「よもやま話」を伺い、日頃の思いや経験をシェアしていただきました。長野県在住の会員安江高亮さんの≪データから見た日本の食と農業≫は、私達の食と農業に関する知識がかなり間違っていることに気づかされる内容でとても勉強になりました。
次回例会は、関西チャンプは11月16日(火)大阪味吉兆「ぶんぶ庵」で17:00から例会兼忘年会(Page Xを参照)を開催します。本部では12月11日(土)夕刻に新宿三井クラブでの開催を予定していますが、確定後にまたご連絡致します。再会を楽しみにしています。

Best wishes,

CHAMP代表 山本儀子 Noriko Yamamoto

アメリカよもやま話 Noriko Yamamoto

注:本稿は10月11日に開催されたZOOM併用チャンプ例会での山本代表のスピーチ草稿を再掲したものです

私は2020年1月下旬に渡米して以来、アメリカに行っていません。1/18(土)成田出発、
NAHB大会開催地Las Vegasに直行、1/23(木)夜Los Angelesに移動、1/30(木)帰国。
当時はアメリカでも日本でもコロナ禍は全くと言っていいほど、話題になっていませんでした。それまでの渡米と同じ旅の状況でした。それがほぼ1カ月後には中国武漢でのコロナ感染拡大が世界の注目を集め、私達の生活が激変することになりました。

アメリカ大好き人間の私でしたが、ここ1年位で私のアメリカ観も変わりました。何故か?
自分に問うとその理由に下記が挙げられます。そしてそのアメリカでの変化を触発したのは他でもない、ドナルド・トランプ前大統領だったと言わざるを得ません。

1) アメリカはおおらかだった;
1960年代前半に私が大学2年で留学した頃のアメリカは、志があって努力を惜しまなければ例え日本人の女性であっても寛大に受け入れ、実力本位で評価してくれるお国柄(少なくとも西海岸のLos Angelesでは)でした。ウーマン・リブが開花する時期でもありました。「あんた一体どこの誰なのさ?」などと聞かれず、留学1年後に初めてバイトの面接に行った時は、「1分間何ワード打てるの?」と聞かれるばかりでした。それは実力に関する気持ちのいい質問だと受取りました。大学を卒業後、銀行へ学費ローンの残高返済のためにロスで働いた時も同様でした。
★ 1970年に一旦帰国、1975年に再渡米してGlobal Link, Inc.を起業:
帰国中に勤めた住宅総合部品センターは当時日本ホームズ(株)の松田妙子専務が設営
した住宅建材と設備機器の展示場でした。そこのチーフをした4年間がLos Angelesで
創業したGlobal Linkのビジネスの元となりました=アメリカ、後に西&北ヨーロッパ
の住宅状況を日本の住宅メーカーに伝える情報サービス会社です。日米を毎月往復しながら、米欧人の大いなる協力を得て、以後2020年まで活動を続けて来ました。

2) 何がアメリカに起こったか・何がアメリカを変えたか?
① 2001年9月同時多発テロ→アフガン戦争(2001/10~2021/8)とイラク戦争(2003/3~2011/12)
② リーマンショック後の経済格差の拡大
③ 努力しても相当に報われないという不満と怒り
こうして現れたトランプ氏はAmerica Firstを唱え、自国・自己利益を最優先する思想を前面に押し出して主張、格差による不満と怒りの掃きどころを従来型のアメリカ民主主義に動揺をきたす手段にしたと思います。我慢せず自己主張することの象徴がトランプ思想となりました。今のアメリカは多様性を認めず、違いを受け入れないHate Crimesが多発するような環境になっています。それはトランプ氏の自己主義が反映していると思われます。このままではアメリカの将来が大変危惧されますが、バイデン大統領はアフガンからの撤退に失態を見せつけ、アメリカ庶民の失望を深めました。

3) アメリカの懸念と不安:
① 他国をアメリカ的思想で正すことは無理、という認識;
ベトナム戦争で学んだはずでしたが、9/11の衝撃はその教訓を吹き飛ばし、アルカイダに代表された中東のテロを撲滅し、非民主的な国情を正そうとアフガニスタン(2001年10月)とイラク(2003年3月)に侵攻しました。アフガニスタン紛争は2021年8月までの20年間に渡り、米兵死傷者約23,000人、米軍民間契約者死者約4,000人、アフガン民間犠牲者想定7万人+、軍事費250兆円という膨大な犠牲を払った後に撤退、あっと言う間にタリバンが政権を奪還してしまい、この20年間は一体何であったのかという疑問と焦燥感をアメリカ国民に残しました。
② 中国の世界制覇への恐怖:
中国の急成長とその速度は、殆どのアメリカ人の予想をはるかに上回るものです。
豊かな国土と資源に恵まれたアメリカは、世界No.1の地位は絶対に侵されないという自信と自負がありました。まだ建国245年の若いアメリカは、何千年の歴史と過酷な国土で多民族と闘ってきた中国という国の実に長期的な世界制覇へのビジョンは法外な規模です。専制主義の元で着々と経済並びに軍備を拡大している近年の中国の熱望と目標は、アメリカ庶民の想像を絶するものだと言えましょう。経済力で世界の不動産を買い占めている中国の浸透は不気味です。米中間の軍備における優劣も歴然としてきました。故に、バイデン大統領は中近東地域からインド太平洋地域へと防衛費をシフトし、QUAD(米・豪・インド・日本)等との連携を強化しています。
③ パンデミックへの意識:世界最多の感染者約4,400万人と死亡者70万人+でありながら、感染拡大を大変警戒している人と早く元の生活に戻りたいと気にしない人、公表されるデータをあまり信用しない等、多くの国民がインフルエンザと同じような感染予防に注意して過ごす、というのが一般的な対応で今後が心配されます。

4)トランプ氏の人気はなぜ高いか?
ホワイトハウスの記録保管所に「Trump Administration Accomplishments」という公文書があります(https://trumpwhitehouse.archives.gov/trump-administration-accomplishments/)。長い
文章ですが、トランプ大統領が就任中に成し遂げたとされる事項が細かく記載されています。
例えば、前例の無い経済的ブーム(半世紀で最も低い失業率3.5%、アメリカに製造業を戻した)、
ミドルクラス向けの減税策、大規模な規制緩和、公平で相互利益の貿易(TPPの脱退、NAFTAを終結しUSMCA設立)、エネルギー独立(70年来初めてエネルギー輸出国となり世界一の石油と天然ガスの生産国)、労働者と家族への投資(子供税額控除を$1,000から$2,000に増額・受給資格を拡大、2021年1月までに急速にワクチン製造実現Operation Warp Speedを達成)。
5)2022年の中間選挙では共和党が圧勝と予測され、その後にトランプ氏は再出馬を表明、etc.

****************** さて皆様はいかがお考えでしょうか?******************

 

第81回チャンプ例会報告 10月11日

 

1年と3ヶ月振りに湘南台チャンプハウスの本部で例会が開催されました。いままではランチ会食もあったのですがコロナのこともあり直接ラウンジに集合して13;30の開催となりました。
ZOOM併用で、会場参加者は18名、リモート参加は13名でした。 最初に山本代表の「アメリカよもやま話」(3P-4P参照)があり、次に、会員で「認定NPO法人・信州まちづくり研究会」を主宰している安江高亮氏が「データから見た日本の食と農業」というプレゼンテーションをリモートでしてくださいました。
その概要は
①昭和40年当時は日本人の食事の45%は米で10%が畜産・油脂類だったが、平成29年は20%が米、35%が畜産・油脂に変化した。畜産油脂は80%以上が輸入で食料自給率は73%から38%に下がっている。②世界的に観ると、人口の増加率より食料生産の増加率が上回っているので食料危機の恐れは少ない。しかし耕地面積はほとんど増えていないので面積当たりの収穫量が増えているということ。③ところが日本が誇るお米の耕地面積当たりの収穫量は米国や韓国よりも低く世界の10番目あたり、しかも世界は収穫量が増えているのに日本はこの10年で減っている。大豆、小麦、トマトその他の作物にいたっては世界順位ではるかに下、いかに日本の生産効率が悪いかということを示している。④日本は農家が減少しているといわれるが、労働人口の3.4%が農業従事者で、世界の主要国の平均は1.55%なので比率はまだ高い。しかもこの多い人数で生産して自給率は約40%しか達成できていない。仏は2.8%の従事者で111%の自給率、独は1.3%で80%の自給率である。日本は国土形態の不利はあるにしても効率が悪すぎる。⑤農家の経営が苦しいので政府は世界でもずば抜けて高い(韓国と同等)比率(約60%)の補助金を出している。主要諸外国の補助金比率は平均約25%である。⑥効率が悪いのを補助金でカバーするのでさらに合理化が進まないという日本の農業の悪循環を変える方法はある。その一つが我々が進めている「スマート・テロワール」という考え方で、これは地産地消を基本とした自給圏構築をめざすものです。⑦時間がないので解決策を詳しく説明できませんが「スマートテロワール・農村消滅論からの脱却論」(松尾雅彦著)をお読みください。また「信州まちづくり研究会」のホームページをご覧ください。
その後、会場の梅澤さん、野村さん、多賀さん、木村さん、高橋さん、原田さん、またZOOM参加のメンバーなどが簡単なスピーチや活動会の報告などをしました。最後に山本代表から、湘南台チャンプハウスは来年3月でオーナーに返却すること、飯能日高分譲地の中古住宅を自宅として購入したこと、来年4月からチャンプの事務局をそこに移すことが発表されました。詳しくは後日代表から説明がされます。(文責:中林)

オリンピック・パラリンピックを観て

〇片桐美徳

パラリンピアンのオーラ
コロナウイルスの人類生命への脅威と対峙して開催された東京大会、よかったです。テレビでは臨場感は物足りないものの、食い入るように個人競技や団体競技を観戦していました。とりわけパラリンピックの多種多様な競技とハンディキャップの多様性に沿った競技方法に心を打たれ、感動しどうしでした。人間のできるできないことの境目を明確にすることがこれほどまでに難しいのかとつくづく思い知らされました。小生はプールで平泳ぎ、クロールを揃っている手足をバタバタさせながらなんとか泳いでいます。人工的な器具を一切装着せずに個性的に泳ぐ選手の姿を見るとすごいと思うと同時に感動で涙が出そうでした。自分に備わっている身体を使って心身の能力を最大限に発揮している姿に畏敬の念さえ覚えました。車椅子バスケットでは普通のバスケット以上の面白さと迫力に圧倒され続け、若き鳥海選手の華麗で超(鳥)人的な躍動感溢れる動きにハラハラドキドキしっぱなしでした。ダンクシュートとは別次元のプレーで米国と互角に戦い、日本チームは金メダルがとれそうだったのに残念でした。誰もが暮らしやすい世の中になることを願うばかりです。

〇森田宏次

種々の困難な状況下で開催か否か危ぶまれた前代未聞の今回のオリンピックも何とか終えられてスポーツ大好き国民としてもほっとしている。難しい議論は別にして
今回の東京オリンピック、パラリンピックはコロナ下で種々の活動が制限されるなかで個人的には最高の贈り物であった。
前回の1964年のオリンピックの時は新入社員で会社の特別枠で国立競技場の入場券をもらい秋晴れの下で観戦したことが蘇って来た。今回は大変残念ながら60,000人収容の新国立競技場も無観客ではあったが両方の開会式より閉会式まで30日間、毎日夢中になってかかさず朝から夜まで平均10時間以上テレビにかじりついていた。
とにかく国と国との競技となると種目を問わず興味をそそる。ましてやそれが自国開催のオリンピックや世界選手権となるとなおさらである
特に今回は多様性と調和というテーマをかかげたパラリンピックが日本だけでなく、世界中に注目を浴びたのではないだろうか。両方の手足が一部しかないアスリートがヘルパーに抱えられてプールに入れられ50メートルプールを結構なスピードで往復するなどというシーンを見ると競技以前にものすごい感動と勇気をもらい、健常者に負けないパラアスリート競技者のすごさを感じた。
今回の両オリンピックはホームアドヴァンテージもあるがメダル数も過去最高に近い状況でその点でも国や各競技団体の強化の成果が出たのだと思う。
最後に印象に残っているのはインタビューを受けた多くのアスリートが開催にこぎつけてくれたすべての組織、関係者にた深い感謝の意を表していたことである。

〇岡田優

オリンピック2020の東京開催誘致については、その意義、運営費用の事から批判も相当にある中、運営側責任者やスタッフの不祥事やミステークなどありながらのコロナ禍による一年延期という、泣き面に蜂の状態での開催でしたが、私は一応結果論として開催してよかったと思っています。但し、当初の計画に対して、何が原因でどのような結果が得られたのか、費用対効果を含め功罪を今後のためにも多角度から検証することが必須の宿題として残ったと思います。
さて、内容で今回感じたのは新競技が大変興味深く面白かったことです。
オリンピックの「スポーツクライミング」や、「スケートボード」などは、競技形体やルールなども初めて知るところも多く、とても面白かったです。男子スケボー金メダルは堀米雄斗君らでしたが、平野歩夢君のスノボとの冬夏二刀流挑戦も彼の思いも分かって好感が持てました。夜な夜な街の広場で転がしていて騒音迷惑だなあと思っていたスケボーも、適切な場所に皆で楽しめる「スケボー公園」をアイススケートリンクのように身近に準備すべきだなと強く感じました。
又、新競技といえばパラリンピック。ボッチャ、車いすテニス、ゴールボール、競泳、車いすバスケ、車いすラグビー、ブラインドサッカーなど競技形体としてもダイナミックでもあり新鮮でした。障害の程度に応じてハンディポイントが付きチーム編成に反映するなども興味深いところでした。
考えてみれば、眼が良い人悪い人、耳が良い人悪い人、鼻が利く利かぬ人それぞれで、眼鏡を使っているのと、義手や車いすを使っているのと、何らのその意味に変わりは無いですよね。
素敵だったパラリンピック開会式でのパフォーマンスの事も書きたかったけれど、この辺で・・・。

〇藤田和雄

オリンピックと聞けばまず1964年を思い出します。それは社会人として就職し上京した年でした。当時は歌と踊りの「平和の祭典」として準備が進んでおり、インフラ整備が大々的に進められていたように思います。日中はTVが見られませんでしたが、それでも夜は独身寮のニュースや特集番組で、体操、レスリング、柔道、バレーボール(東洋の魔女達と監督)、水泳、陸上競技(特にマラソン)等々に声援を送った記憶があります。
2020オリンピックは開催が決まってからがいろいろな問題が露出したような気がします。コロナ禍の中でなければ精神的にはより明るい気分で楽しめた事と思いますが、それでも「巣ごもりため」には大いに役立ちました。体操の特に鉄棒競技等では、とても人間業とは思えない天狗の技のように思えました。私も地域のチームに参加しているソフトボールや近頃は散歩と思って楽しむゴルフにも一喜一憂しました。特に視力が不自由なアスリート達が泳いだり走ったりする様子に大変感銘を受けました。私も年と共に視力が落ち、足腰にも不具合が出る年齢になりましたが、パラリンピックの選手達による感動と勇気と多少の反省をした一夏でした。

〇宮尾賢

オリンピックが始まる前は絶対中止すべきと強く思っていた。いざ始まってみるとテレビで繰り広げられる選手たちの熱闘に引き込まれていた。眦を決して試合に臨む選手が多い中で、軽々と出てきて、勝っても負けてもさらりと去っていく若いスケートボーダーたちが強く印象に残った。とはいえ、ニュース番組で日本選手が入賞した報道の後、感染者の数がどんどん増えていく数字を見せられると一挙に厳しい現実に引き戻される。まことに複雑な心境だった。
パラリンピックが終わりに近づく頃、総理が次の総裁選に出馬しないと発表した。耳にタコが出来るほど「安全安心」を強調したのに、ご自分の政治的安全安心は確保できなかったのは、皮肉なものである。
戦い済んで日が暮れて、いよいよこのお祭りの総決算をする時がきている。組織委員会はこの大会にどれだけの費用がかかったのか、何がうまくいって、何がまずかったのか、包み隠さず国民に発表してもらいたい。準備段階からいくつものエラーを重ねてきた今回のオリンピック・パラリンピック大会、せめて最後だけはきちんと総括してもらいたいと思う。

〇松村正道

パラリンピックの最終日、盲目の女性ランナーたちが東京マラソンコースを走りまくり、道下選手金メダル、50代、60代の選手たちも3時間半でゴールする姿を見て感動した。
比較するのもおこがましいが、2年前同じコースを五体満足の私は6時間かけて走っている。彼女らは身体のハンディを克服し、トレーニングを積み、活躍する場に出て、目的をかなえ夢を実現した。
さて私を含め、大多数のチャンプの皆さんは「高齢化」というとてつもない「ハンディ」を背負っている。足腰痛い、体力筋力低下、頭脳回転低下などまさに我々は、五体満足ではあるが、普通の人からみればかなりのハンディを持っていると言わざるを得ない。そこで僭越ながらこれだけのハンディを背負った高齢者たちが、パラリンピック選手並みに、何か人生の目標を持ち、それを達成するためのトレーニングを科し努力することが可能かどうか考えてみたい。私は、今からでも遅くはない、高齢者であっても目標を持ち、努力を重ねれば、これからも何か一つの夢を達成できるのではないか。チャンプの皆さん、どうかもうひと頑張りしませんか。こんなことを考えながらのパラリンピックであった。

ワクチン接種よもやま話

前田潤(2021年9月6日 CHAMP関西へ近況メール報告)

想定をはるかに上回る感染者数の増加で、ワクチン接種予約希望者が急に増加し、その対処と措置でてんやわんやの3週間でした。神戸市では8月の下旬に12歳以上の子供達への接種券の発送が始まったのですが、予約方法が団体接種あるいはかかりつけ医へ各自で予約せよ、というもので、居住外国人の親たちがパニックに陥りました。
ほぼ全員がファイザーのワクチンを希望で、予約を受け付けるクリニックに電話しても英語は通じないし、どうするのこれ・・・という状態でした。そもそも8月は供給数が細っていたために病院側も困っていたところに、若年層の予約希望者が殺到しており打つ手がないというのが実情だったようです。
当方の職域関連と国際医療のネットをフル活用で、先週やっと希望者全員の予約ができてほっとしているところです。マスコミの取材は断りましたが、居住登録外国人(日本で税金をちゃんと払っている人達)に対する差別になっているのではと思っている人達もいて、少し苦労させられました。長く緊張と不安が続いているので、ちょっとしたことが大騒ぎになったりするものですね。

(2021年10月15日 追記)
10月13日時点でのワクチン接種率は74.9%(人口比、1回以上)で、接種完了率は66.2%に達したそうです。70%を超えていくと集団免疫が獲得できるという説を信じたい者としては、あと一息といったところです。まわりも落ち着きを取り戻しつつあり、コロナ共存前提のコロナ後を真剣に議論する機会も増えてきました。
日本で暮らす外国人達にとって、この2年ちかくの期間はたいへんな困難の連続でした。そもそも新型コロナウィルスウィルスがどのようなものかもよくわからない中で、武漢での都市封鎖の映像が世界中に拡散し吃驚していたら、あっという間に自分達の母国でもロックダウンが始まり帰るに帰れないという状況に陥ってしまったのです。救いは、日本での感染者数の増加が極めて緩やかでよくコントロールされている印象があったことで、多くの外国人から「日本が一番安全、日本に居てよかった」という言葉がよせられました。一方で、ワクチンの接種については欧米に比して数カ月遅れ、これまでの日本の厚労省行政を知っている者にとってはそれでも異例の速さといえるのですが、外国人達には苛立ちが募っているようでした。
未知のものは人の恐怖を増幅させるものです。唯一の対抗手段として開始されたワクチンの接種、これがまたmRNAという耳慣れないもので遺伝子情報の一部を書き換えてなんたらかんたらという、およそ一般人には理解不能のしろもので多くの人が戸惑いました。ネット上ではあっという間に情報が伝わり、日本語では「これは人体実験か」などという言葉も散見されましたが、英語ではハーバード大学をはじめとする専門機関からの「子供でも解る、やさしい解説動画」があふれて出ていました。そのせいか、日本で暮らす外国人達はワクチン接種には積極的で、「日本はまだか」となるわけです。このあたりに英語が世界語になる理由もありそうです。
歴史書をひもとくまでもなく、国家が成立し文明らしきものが始まったときから人類は感染症との闘いを繰り返してきました。感染拡大の速度や犠牲者の数は文明の発達に正比例しており、地球規模の災厄という言葉が実感できるような時代になったのだと思います。中世、14世紀頃の黒死病の流行が地球を一巡するのに2年を要しましたが今回のコロナは4ヶ月もたたないうちに世界制覇を完了していました。昨日の時点で、世界の感染者数は2億4千万人を超え、死者の数は累計480万人を超えています。
世界は、同時多発的にコロナとの闘いをくりひろげています。子供達に安心のできる未来を約束しなくてはならず、人類は、あるいは科学は必ずこの危機を克服するはずです。緊張と不安のなかで2021年は過ぎていこうとしており、逢いたい人と会えない寂しさを我慢してきた時間が人と人とのつながりの大切さを再び教えてくれています。
あともうすこしの辛抱です。CHAMP会員のみなさまのご健勝を心より祈っております。

 

会員寄稿

いかにせん、古都の実家再生 古川 毅

京都市が財政難で10年先には破綻するという報道が流れ心穏やかではない。
京都市中京区は河原町二条で生まれ、三才で京都御苑の西南側の上京区武衛陣町(ぶえじんちょう)に移り幼稚園、小中高大卒業まで住んでいた町屋は、一人住まいで訪問介護を受けていた90歳になる次姉が今年急逝したため空き家と化した。その扱いが現実の課題となったのである。私は父を10歳で亡くし、14歳、15歳も年が離れている二人の年子の姉は高等女学校卒業後当時では珍しく仕事を見つけ家を離れたので、実質母一人子一人の生活が始まった。遺族年金の足しにと下宿屋を始めたおかげで学生、予備校生、呉服商人、映画俳優の様々な人間が常に出入りするので家の中は賑やかであった。また森の博物館といわれる京都御苑(御所と呼んでいた)の椹木口まで80mと近く、池、小川、芝生、樹木、神社、広場がありとにかく自然にあふれた子供には飽きない遊び場所であり、多くの時間をここで過ごした。なかでも小中学校の友人が府警本部長や皇宮警察署員の子供であった関係で、御所内の屋敷で遊んだり「京都御所」の中のプールで泳がせてもらうなど特別な思い出がある。
最寄りの地下鉄の駅まで150m、京都駅まで乗れば8分、御所の周辺100mは景観保全地区になっているといこともあって住環境が極めて良好。築90年になろうかという我が町屋はかなり歪みが来ているがまだ十分住める状態である。近所は建替えが進みマンションができ昔の街並みは変わり町屋は肩身の狭い感じで残っている。狭い近所付き合い、町内付き合いの濃い村社会の窮屈さ、鬱陶しさ、「上がってお茶漬けでもどうですか」に代表される独自の社交辞令に違和感を感じる一方で、主に映画で知る東京の率直で開放的でシャキシャキした話し方。付き合い方にあこがれるようになっていた。就職して京都を離れることに抵抗はなかった。もっとも母は東京へ出立する私を悲しみをこらえて玄関で見送ってくれたあの場面ははっきりと記憶に残っている。それから半世紀。家族の思い出を包んだ家が残った。

武衛陣町の名前の由来やこの近辺の歴史について調べてみた。西は室町通、南は椹木町通、東は烏丸通、北は下立売通で囲まれた敷地に足利家に代仕えた斯波氏は邸宅を建てた。その官職の名である武衛に因んで「武衛家の邸宅(陣)」すなわち「武衛陣」と呼ばれるようになった。応仁の戦乱後も武衛家の本邸として使用され、後年この武衛陣跡地に室町幕府第13代将軍足利義輝が邸宅を構え政務をとったが三好勢に殺され邸宅も消失。その後跡地を拡張して織田信長が室町幕府15代最後の将軍足利義昭のために70日間の短期間で二条城を造営。が、室町幕府滅亡に伴い廃城となった。城の石垣の一部が御所下立売御門内に復元されている。明治28年に平安女学院がこの跡地に大阪から移転し今日に至る。この女学院附属の幼稚園に通い園内でよく遊び回った。旧二条城跡を記す石碑が室町通下立売通の平安女学院大学の北東角に建って立っている。まさに武士の時代の興亡劇が繰り広げられた由緒ある地であり武衛陣町という名が残った。
遡ること、武衛陣の敷地は元菅原氏の邸宅の敷地でもあった。道真公の曽祖父、祖父、父が住んでいて菅原院と呼ばれ、道真公生誕の地と伝えられている。ここに菅原院天満宮神社が設けられ道真公とその父祖が祀られている。境内には菅公産湯の井戸等ゆかりの遺物がある。
掘れば何か歴史的遺物が出てきそうな場所に建つ実家は、思い出が詰まっていてそして病院、スーパーがほんの近くにあり交通の便も良いし、街並みが変わり昔のような窮屈さはうすれていい意味での都会的になってきているように思える。住み替えてもいいが、今まで築いてきた人間関係がありすっかり慣れ落ち着いた今の生活も捨てがたい。また不動産の活用、有効利用の面で町屋保存などいろいろ選択肢がある。御所の北京都相国寺門前町で育った妻とこの終活の最大関心事項の答えを出すべく共同作業が始まったところである。

民法の相続規定がこんなに変わりました 木下義雄

1.「配偶者居住権」によって配偶者の相続が有利に
【改正前】夫所有の自宅を相続しないと住み続けられず、預金等の相続で不利に。
【改正後】「配偶者居住権」を妻が、「負担付所有権」を子供にすれば預金等の相続も有利
【解説】相続財産が、5千万円(自宅土地建物    2千万円+預貯金3千万円)の場合、妻の権利1/2 の内自宅2千万円を相続すると預貯金が5百万円だけとなるが、配偶者居住権を活用すると、自宅を相続しないため預貯金の取り分が1千5百万円と多くなる。配偶者居住権の割合は、妻の平均余命(存続年数)で算出される。つまり年齢が高いと居住権割合は小さくなる。

2.「配偶者短期居住権」によって6カ月は追い出されない
【改正前】夫が亡くなって自宅が他人の所有になると妻はすぐに追い出される恐れがある。
【改正後】どんな事情でも6カ月間は住み続け
る権利がある。
【解説】一例として、夫の生前借金の形に第三者に売却することになった場合である。

3.自宅を配偶者に生前贈与すれば相続上有利になる。
【改正前】妻に生前贈与しても夫が亡くなった時点で相続財産となり妻の取り分が減る。
【改正後】生前贈与した自宅分は相続財産から除かれるので妻の取り分が増える。
【右図解説】2千万円の贈与税の配偶者控除を使って生前に妻に自宅を無税で贈与した場合、夫が亡くなっても自宅は相続財産にならないので妻の取り分が2,000万円から3,000万円に増える。

4.遺言書の付属資料等については自筆でなくてもよい。
【改正前】不動産目録、証券目録、預金目録など全て自筆で書くことが必須だった。
【改正後】本文以外はパソコン等のワープロでも良くなった。
【解説】不動産や株券を多くお持ちの方は、固定資産名寄帳や証券会社の株式所有一覧表添付でも代用出るようになった。

5.遺言書は法務局が預かってくれる。
【改正前】自宅に保存が普通、あとは公証人、弁護士などに預ける。
【改正後】法務局に預ければ紛失や火災の心配がない。
【解説】この制度を利用して保管された自筆証書遺言については、本来必要な裁判所での検認手続きは不要です。相続人や遺言執行者は、全国どこの法務局に対しても遺言書保管ファイル記録事項の書面の交付を請求することができる。

6.相続人以外でも介護等で大きな寄与があれば寄与分の請求ができる。
【改正前】遺言に無い限り相続人以外の寄与分は認められない。
【改正後】遺言に無くても客観的に寄与事実が認められれば請求可能。
【解説】養子縁組されていない同居の息子の嫁や、何らかの事情で入籍されていない事実上の妻の介護寄与費用等が請求できる。但し、その請求額の証明には、介護等の寄与記録や領収書等提出が必要でかなり難しいのが現状。出来れば遺言してもらうことを薦めます。

注:紙面の都合で、夫の遺産を妻と子供が相続する形に単純化して解説しました。詳しく知りたい方は以下にご連絡ください。
問合先:㈱アイムブレイントラスト代表 木下義雄

シニア男のひとり暮らし 高橋嗣雄

[はじめに]
シニア夫婦は子供たちも独立して二人だけになるケースが多いと思いますが、いずれかが先に逝き一人暮らしになる時が否が応でもやって来ます。私の身の周りでは女性が後に残る方が圧倒的に多く、男女の平均寿命の差から言ってもこれは一般的なことと言えるでしょう。また我々の年代の一般論で言えば夫は外で働き家庭の経済を支え、妻は家事・育児はもとより家庭の一切を支えていたと言えるでしょう。私の家内の場合子供達を通じて親同士の交流も増え、地域の交流も広がって、私自身が今の家で生まれ育ったにもかかわらず、あの人が高橋さんの旦那さん?と言われるような状態でした。家内はCHAMPの「山の会」「温泉同好会」「納涼会」や「忘年会」によく参加していました。当時はまだ夫婦会員制度がありませんでした。2012年7月にCHAMPでスパリゾートハワイに行きましたが、その時は元気にプールで泳いでいました。帰宅後まもなく毎年受けている足立区の健康診断を罹り付けのクリニックで受診しましたが数日で緊急呼び出しを受け大病院に送られる羽目になりました。結果は肝門部胆管癌と告知され、手術が出来ない部位で且つ抗がん剤が使える限界値を遥かに超えていて治癒の見込みが立たないといわれてしまいました。入院と自宅療養、訪問診療のある病院への転院等を繰り返し半年後の2013年1月に他界しました。

[ひとり暮らしのはじめ]
私のひとり暮らしは2013年1月からですが、家内の闘病中の介護も実質的にはひとり暮らしと同じですので9年になります。最初のころはスーパーの食品売り場でも大半が女性なので気恥ずかしい思いをしたものです。台所に立つことなど殆どしたことがなく、家内が昔使っていた家庭料理の本を頼りに炊事を始めました。不思議なもので、自分で作った食事はかなりひどい出来でも、何とか食べられ、水の量が多すぎたとか、みりんの量が少なすぎたとか繰り返しているうちに徐々にまずまずの味が出せるようになってきました。食事で心配したことは、偏食に陥らないかということで夕食のおかずは宅配(平日のみ)を頼むことと土・日・祭日は自分で挑戦することにしてご飯は朝夕分を一緒に炊き昼は麺類かパンと原則を決め外食はしないことにして今日に至っています。土日祭日の夕食おかずは自炊の筈が、半分は出来合いの総菜を買っているのが実情です。今は、食品売り場で豊富な種類の食材を一人向けに品揃えされ若い独身者が帰宅途中に買っている人が多く、ひとり暮らしのシニアにも便利になっています。
洗濯は二日に一度で肌に直接触れるもの(靴下、下着、シャツの5点)は毎日着替え、天候に関係なく2日分をまとめて洗濯機に放り込んでいます。天気の悪い時は生乾きのためアイロンで湿気を飛ばしています。終日快晴の予報の時はシーツ、肌掛け、枕カバーもまとめて洗います。その時は布団も干しています。
片付け物は怠慢で、重要なものは目を通して即ファイルしていますが、後は机の上に放り上げて、あまりにひどくなるまで乱雑にしたままです。

[人間関係]
会社を定年退職し、その後の再就職先も68歳で退職後は娘二人とも既に結婚して佐久市と西東京市に家庭を築き、家内に先立たれて完全な独居老人となってしまいました。そこで出来るだけ広い範囲の人と交流したいと思い、参加できるものには何でも出ようと心に決めました。この際自分の主要な活動や定期的に通っている所を棚卸してみたらあまりの多さに自分で驚きました。現在は新型コロナウィルスの関係で中止になっている活動が多いのですが、収束したら元通りで再開されるものばかりです。チャンプは私の主要な活動の一つですが「英語を共に学ぶ会」は昨年3~5月まで3か月中止しましたがその後ZOOMで再開し毎月活動を継続しています。当会は勉強会形式ですのでZOOMに向いているので、コロナ後に従来のように会場に集まっての開催に戻すかメンバーの意向を確認する必要がありそうです。例会内容は全てチャンプ・ホームページに投稿してありますのでご覧いただければ幸いです。また新設されたチャンプ・LINEグループにも参加しています。コロナで休止中のコーラスグループではテナーパートで参加しています。「山の会」や「東京探訪の会」等の全会員対象の活動にもほとんど参加していますので、チャンプメンバーでは50人前後の人たちと交流が持てています。
もう一つの私の主要な活動は地元の自治会活動です。約1,000世帯の町会ですが会長が超高齢の地元の名手で実質運営は私ともう一人の副会長で仕切っています。自治会の関連で地元の神社、小中学校、地域コミュニティーセンター、災害時避難所運営管理、地域包括支援センター等の諸活動をやっています。自治会とその各種関連団体で100人近くの人たちと常時交流しています。
スポーツ・レクレーションでは週3回スポーツ吹き矢をやっています。コロナ下でも感染防止対策の徹底を図って実施しています。吹き矢の会場は区の地域コミュニティーセンターや生涯学習センターの広い部屋を借りて実施しています。このような施設が足立区には約60か所ありますがほとんどの施設はコロナで吹き矢も休止にされていますが、私の通っている2か所は自主的に実施しているコロナ感染防止対策が認められ吹き矢実施を許可してもらっています。この吹き矢で約40名の人たちと毎週交流しています。このうち22名がLINEグループを作り毎日のようにやり取りしています。その他月に2回ストレッチ体操をやっていますがこちらはコロナで休止中です。
これらは地元の地域活動ですが、私の個人的な関係として「会社のOB会」、「大学のゼミの忘年会やクラブ活動の現役と卒業生の交流会」、「高校・中学の同期会」が毎年定期的に開催され原則として全て出席することにしています。私は現在80歳ですがこれらの会合は出てくる人が殆ど限られてきています。シニア男のひとり暮らしではありますが、忙しくて老けている暇がないことが私の理想です。教育と教養(今日行くところがある、今日用がある)を大切にして行きたいと思います。

活動会報告・会員消息

9月末まで新型コロナの緊急事態宣言でしたので大部分の活動会は活動の休止を余儀なくされていますが、いくつかは以下のようにオンライン会議方式で実施されています。

1.英語を共に学ぶ会
毎月第4土曜日にZOOMで例会を継続中。(幹事:高橋嗣雄)

2.健康と栄養を考える会
毎月1回、短時間ZOOMで健康相談を中心に開催。(幹事:原田規義)

3.チャンプLINEの会
常時自由なトーク交換が行われています。まだの方も是非ご参加ください。
(幹事:手島達夫)
以下は現在休止中です。
4.ゴルフ愛好会、5.スピリチュアル懇談会、6.東京探訪の会、7.山の会、
8.コーラスを楽しむ会、9.社会貢献ボランティア会、10.日本文化を語る会
11.海外を見てみる会、12,チャンプハウスⅡを考える会、13.ベビーサイン教室
14.温泉同好会、15.スケッチ散策会(関西)

236回と237回の「 英語を共に学ぶ会 」をZOOMで開催しました。

第236回は7/24(土)10時~12時、レポーターは高橋嗣雄、テーマは「新型コロナウィルス・ワクチンに生かされた孤高の女性科学者の30余年に及ぶ”mRNA”一筋の研究 」、参加者は14名。第237回は9/25(土)10時~12時、レポーターは宮尾賢、テーマは「アメリカの敗退:アフガニスタンの撤退から読み解く」、参加者は11名。詳しくはチャンプのホームページをご覧ください。

84回新制作展に出品しました 小松原(畑)京子

昨年から展覧会が中止になることが多く意気消沈しておりましたが9月15~26日に新国立美術館に出品できました。2019年秋、チャンプ・スピリチュアル会で諏訪の旅に参加し、人の営みの原点ともいえる縄文時代に触れ、感動し、すぐ勢いに乗って描きました。

編集後記

緊急事態宣言の中、オリンピック・パラリンピックが無観客で開催されました。危惧もあり、困難も予想されましたが多くの関係者の献身的な協力によってなんとかやり遂げることができたことを感謝し喜びたいと思います。本号にも皆さんの感想を掲載しましたが、結果としてはマイナスよりプラスが多かったと評価されているようです。私も、おそらく皆さんもパラリンピックのインパクトに驚いたのではないだでしょうか。これこそ確かに「多様性と調和」の祭典であり、本当のオリンピック精神の具現だと感じました。なぜ強く感じたのか、それはパラが他国で開催された時の何倍も放映されたからだということに気が付きました。とすればパラリンピックを全ての国で開催すれば世界はもっと平和になりそうです。多様性や弱者や女性の人権を認めない国でこそ開催してほしいものです。私自身の反省も含めての感想です。(中林:記)