CHAMPの忘年会が12月5日(土)の夕刻、湘南台チャンプハウス12階のラウンジで開催されました。54名の会員が 参加し盛会でした。

山本代表のメッセージ

Dear CHAMP Members and Members to be:

CHAMP 代表 山本儀子(やまもとのりこ)

皆様、明けましておめでとうございます。
このメッセージがお手元に届くのは1月末だと思いますが、とりあえず無事に新年を迎えることができて何よりだったと思います。変わりなく普通であること、 の貴重さを痛感するこの頃です。
それにしても新年早々、世界中の生々しいニュースが絶えませんね。丁度1年前のNL1月号を
読んでみると、パリでのテロ多発事件や株式市場の乱降下を語っていました。2016年1月は
残念ながら1年前以上に不穏なニュースが続々と入ってきています。連日のISと関連組織による
テロ事件、欧州の悪化する難民問題、中国経済の減速と原油安による世界経済の混乱、そして真偽はともかく北朝鮮の水爆実験、等々これほどまでに不安要素が 目前にあることは近年稀であるように思います。日本が平和であることをかみしめると共に、運命共同体の世界の一員だということを忘れないように生きたいも のです。

2016年チャンプ 目標:
12月の総会&忘年会でお話した内容ですが、ここに新年のチャンプ目標をお伝えします。
1) 次世代会員の拡充と恩恵プログラムの作成:
チャンプは50才以上の会員(実際には60代後半から80代前半)が過半数を占めています。
1998年3月に正式発足して以来18年、おかげさまで多くの会員が元気に過ごしていますが、
今後のチャンプ発展のためには若い世代の会員拡充が必要です。現役で仕事をしている世代は毎日多忙で、例会にも活動会参加も難しい人が殆どです。そういう 現役世代にも役立つ、楽しいチャンプの会員交流を目指します。現在約20ある様々な活動会に加えて、次世代会員にも魅力あるプログラムづくりを2016年 の目標の一つとしていますので、皆様のお知恵を貸して下さい。
準会員・正会員を含む「次世代チャンプ会」第1回ミーティングを3月に開くことを計画します。

2) 社会貢献活動の推進:
一昨年11月に発足した「社会貢献ボランティア会」は幹事の新井ミリアムさん・小林紀雄さんを中心にして、目下福島県南相馬における<仮設 住宅後の 住まい=シェアハウスづくり>の支援活動を進めています。南相馬市鹿島区塚合第二仮設住宅の自治会長藤島昌治さんが世話人の「シェアハウス を作ろう の会」を支援して、住人皆様のニーズを把握するためのアンケート調査を東日本国際大学講師の小田島 章さんが施行して下さっています。藤島さん達が実施した署名運動にはチャンプ会員戸邉正博・美恵子ご夫妻の呼びかけで、木村勝規・倫子ご夫妻など多数の皆 様の協力も含めて、全国から1万人の署名が集まったそうです。上記アンケート調査の結果を待って、次の支援内容と出来ることを見極めて行くことになってい ます。社会貢献活動は、身近なところからでも始められます。小さなことでも、自分のできる範囲で、されど積極的に行動を起こすことが肝要だと思います。 チャンプの社会貢献は、小さな活動の蓄積と実践を推進します。

ところで干支の9番目に当たる申とは「伸ばす」と いう意味があるそうで、「草木が十分に伸びきった時期で、実が熟成して香りと味が備わり固く殻におおわれていく時期」であるとのこと、何やら≪成熟人が手 をつなぐ会≫を連想させますね。今年はおおいに「伸び」 ましょう!

次回例会は関東で2月27日(土)正午から四谷三丁目の東京ガス「四谷クラブ」(会員永井邦朋さんのお世話)で開催。関西は3月14日(月)18;00か ら大阪で会員内田はるみさん経営の「コトコトダイニング」で開きます。
皆様にお会いするのが楽しみです。

Best wishes,

CHAMP代表  山本儀子
Noriko Yamamoto

2015チャンプ総会・忘年会

2015年12月5日(土)17:00~20:00
恒 例のチャンプ忘年会が今年も湘南台チャンプハウス・ラウンジで開催された。当日の参加者は50余名、ラウンジが一杯の盛況だった。

冒頭、山本代表から本年を顧み、来る新しい年にはチャンプならではのユニークな活動を展開したいと挨拶があった。続いて、今回、チャンプのイベントに初め て参加される準会員、島田幸子さんと平山美映さん、原田さんのゲストとして参加された野坂征男さんが紹介され、それぞれ簡単な自己紹介をされた。

チャンプ忘年会の名物は何といっても、「男子厨房に入るの会」を主宰される名シェフが提供する手づくりの料理。今年、中林さんは「ほうとう風うどん鍋」、 松村さんは「鹿児島産黒豚入りシチュウ」、いずれも出席者から大好評をいただいた。

宴酣の頃、田中美香先生の指揮でコーラスグループがこの日のために練習を重ねたいくつかの曲を披露してくれた。先生の指導よろしきを得てますます腕を上げ ているコーラス・グループの厚みのある歌声で数曲のクリスマスキャロルが披露されると会場の雰囲気は一挙に盛り上がり最後は馴染の歌を全員で合唱した。

飲み、且つ食べながら歓談に時の経つのを忘れた楽しい忘年会は午後8時にお開きとなり全員次の機会を約して家路についた。

(宮尾賢 記)

関西支部12月例会・忘年会報告

2015年12月9日18:30~21:00
12 月9日(水)、関西支部の忘年会を兼ねた例会が神戸の繁華街・元町で開催された。
今や全国的に知れ渡っている光の祭典、神戸ルミナリエの真只中で、いつも以上に賑わいを見せていた。

今年のチャンプ例会場はルミナリエ祭典のゲート側に位置し、その喧騒さは容易に想像し得るが、フランス料理を舌鼓しながらの例会場は忘年例会に相応しい雰 囲気を呈していた。

例会は山本代表の「アメリカよもやま話」からスタートする。毎会楽しみにしているメンバーは多い。食事中の談笑はこの「よもやま話」に続くことが常であ る。
今回はアメリカ大統領選に向けての各候補者たちのエピソードや人気候補者の裏側を視るトークであった。メンバーたちは代表の解り易い話術に引き込まれ、食 事するのも忘れている。

私も幹事である事の自覚は脳裏から外れ、時間の流れを仕切れず、店側の段取りを
狂わせてしまっている。
この様なマインドであるからして、誰ひとりシャッターを切る者が無く、従って素晴らしい
雰囲気での例会写真は一枚もありません。「各人の心の写真でヨロシクです」。
8名と、少人数例会ではあったが、各メンバーから屈託のない今年を振り返っての談義は考え深く、聞き入るものがあった。

食事を挟んで、最後に、代表から来年に向けての活動方針が強い決意で語られた。
これにはメンバーも概ね賛同し、散会した。

(浅野静 記)

わたしの心のオルゴール

●桃山陶 に魅せられて 稻上 義之

私はサラリーマンを卒業と同時に、芦屋市にある滴翠美術館付属の陶芸教室で轆轤を回し始めました。私は海釣りも趣味にしていますので、釣った魚を調理し て盛る器を自分で作りたいという思いもありました。数年いろいろ勉強するうちに、こんなものが作れたらいいなという目標が見えてきました。それが懐石等に 使ういわゆる「桃山陶」であったのです。

「桃山陶」とは桃山時代に隆盛をみた日本独自の焼き物です。 茶の湯とともに技法が磨かれ、黄瀬戸、志野、織部等の美濃焼が代表的なものです。荒川豊蔵や加藤唐九郎等によって、現代でも技法が再現されるようになりま した。同時代の唐津や萩も含まれると思います。
桃山時代の美濃焼の破片が京三条の陶器屋街跡で多数発掘されたように、桃山陶は茶の湯の需要に支えられて発展しており、京の茶人の意向で製作されていまし た。このことは美濃焼(桃山陶)が京文化そのものであったとも言え、美濃焼が後の京焼に先立つものであったことも、私の興味をかき立てるものでありまし た。また桃山時代は文化的に日本が独自の輝きを見せた時代でした。あの時代の意匠がどうしてあのように自由闊達で斬新なのか興味が尽きません。私は焼き物 以外も含めて桃山時代の造形感覚に憧憬を感じています。

私は3年前、陶歴5年未満で無謀極まりないと思いながら「桃山陶Practice」と言うタイトルで最初の個展を開きました。桃山陶の何がしかに触れてみ たかった、練習してみたかったという思いで、厚かましくもこのタイトルを付けました。そして思いがけず良い評価を頂いたことに気を良くし、昨年3月に2度 目の個展を開くことができました。
私は美濃、瀬戸を何度か訪れ、荒川豊蔵ゆかりの多治見「水月窯」や、土岐市美濃陶磁歴史館、愛知県陶磁資料館、多治見美濃焼資料館等々、楽しみと思い入 れを持って見て回りました。昨秋には滋賀の佐川美術館で古田織部展もあり、頭の中が桃山陶漬けになっているこの頃です。

滴翠美術館陶芸教室は関西でも屈指の大きな規模の教室で、プロ並みの会員さんも多くおられ、和気藹々と楽しみながらお互い切磋琢磨しています。そんな中 で私も週3日か4日通いながら、更に高い目標を持って3度目の個展を目指そうと頑張っています。
(稲上さんの二つの最近作の写真:上は織部手鉢、下は萩透紋輪花鉢、どちらも稲上さんが釣り上げたお魚が美しく盛り付けられています)

●町家のこと  岡田優

仕事で大阪に勤める前、学生時代まで東京で育った私が初めて町家というものに触れたのは、中学か高校だったかの修学旅行で京都・奈良を訪れた時の京町家の 出格子に美しさを感じた時だっただろうか。その軽快なリズムのバリエーションは、糸屋格子とか米屋格子など職種によって異なるが、それぞれの微妙な違いは バッハの楽曲のリズムの様に心地よく感じられ、これを写真でシリーズ化して遺せば面白い写真集が出来るなと、ふと考えたことを思い出した。

私が育った荻窪の家は、昭和初期の建売住宅で借地70坪に建坪が30坪程の木造二階建ての家だった。表の塀と門柱は大谷石積みで、木製の両開きの洒落た門 扉が付き、数メートル入った玄関ポーチから応接間は子砂利石のモルタル洗出し仕上げの腰に掻き落しの外壁で、インテリアも洋間の砂壁仕上げの造りであっ た。一方、二階の奥の間には下見板張り仕上げの外壁に内から見ると丸窓が穿たれていた。

所変わって京都の町家を見てみると、これは店舗併用都市住宅と言ってよく、いわゆるうなぎの寝床と言われる間口が狭く奥に長いプランで、間口の一方(通 常南北の通りに面していれば東側、東西の通りに面していれば南側)に、通り庭というタタキの土間が、表から奥の水回りのスペースの裏を抜け蔵のある奥庭ま で通っていて、その通り庭に面してもっとも表側に店の間、次が玄関、そして通り庭におくどさん(窯)がある辺り、玄関の間の次がダイドコ、その奥に座敷 (居間)が奥庭に面してある。大きな町家ではこの部屋が2列になっていて、玄関の横が坪庭になっている。2階は箱階段を上がると前室を通って本座敷と、場 合によっては主人の書斎のような部屋も設けられていて、昭和初期に建てられた町家ではこの書斎などが、洋間作りで寄木の床に腰板を嵌め、窓は両開きの洋風 窓、漆喰鏝仕上げのセンタリングのある白い天井にシャンデリアなどと洋間へのあこがれが強く感じられる。昭和初期の和洋折衷(混合)の流行は、土地は違っ ていても京都も、東京も同じなのかなと思われる。

そして、町家のプランにも時代々々、土地々々毎にそのルーチーンとなったパターンとリズムがある。これが、各地域の町家の独特の味となっているようで真 に興味深い。例えば、チャンプ15周年記念祭の時にご披露した水彩画に描かれているのは、以前チャンプ関西支部で訪れた京都府北部の「伊根の舟屋」の通り で、海岸側に舟屋の建物が道と海岸線に妻入りで並び、漁船の艇庫を兼ねていて、その陸側の通りを挟んで桁入りで主屋(住居棟)が配置されていて、これもま た整然とリズムを持って街並みを構成している。生活の用が、街並みの優れたデザインにとなっているのだ。私が町家に惹かれるのはこのようなシステムが合理 性に基づいて自ずと美しい姿を形成している事に依るのかもしれない。
(上の水彩画がチャンプ15周年記念祭に出品された岡田さんの作品)

各グループの活動報告(50音順)

●英語を学ぶ会

「黄金のアデーレ」を楽しみました 増田美智子

一年余り前から新井ミリアムさん、山田伸代さんのご提案で年に数回「シネマ会」が持たれています。2015年最終回は12月14日(月)夕刻から渋谷シ ネマライズでの「黄金のアデ―レ・名画の帰還」でした。 若者で溢れる109ビル角で17:20集合した我らシルバーの10人余りはMr.新井のご用意下 さったティケットを手に早速スペイン坂上の映画館を目指しました。上映時間が来て入館しますと月曜と言うこともありまるで貸切り状態の贅沢をさせて頂くこ とになりました。
原題 “Woman in Gold”というこの映画は、オーストリア・ウィーンで豊かな暮らしをしていたユダヤ人一家を襲った悲劇の実話で、ナチスドイツが猛威を奮った時代に遡り ながら現代から描かれます。 英国BBC制作、サイモン・カーティス監督、主演はアカデミー女優のヘレン・ミレン、クリムトの描いた美しいアデ―レを叔母 に持つマリア・アルトマン役です。共演はライアン・レイノルズ、弁護士役です。
(上の画像がクリムト作「黄金のアデーレ」)

スト―リーは、ナチ・ドイツが第2次世界大戦中各地で押収した芸術作品を旧持ち主に返還するというニュースを知った主人公マリアが、既に82歳の高齢と なっている身をも顧みず、懐かしいアデ―レ叔母の絵を取り戻したいと決意したところから始まります。知り合いのつてで有名法律事務所に就職したばかりの若 い弁護士がマリアの依頼を引き受けますが、初めは高価な絵ということでお金になるのではないかという下心もあります。しかし、マリアが両親とも生き別れ新 婚の夫と2人でナチに追われる中、九死に一生を得てアメリカへ逃れて来た話などを聞いたり行動を共にするうち、本気で絵の返還にのめり込むようになりま す。遂には事務所を解雇される羽目に。 マリアと弁護士は誰も相手にしてくれない四面楚歌の中で諦めかけながらも遂にはオーストリア政府を相手取った法廷 闘争にまで漕ぎつけます。 結果は勝利に終わります。
マリアは「オーストリアのモナリザ」と呼ばれるクリムトの名画を、一家の名誉を掛けて取り戻した後、絵は美術館へ、得た莫大な資産はほとんどをボランティ ア活動の基金等に当てているそうです。 マリアと共に戦った弁護士も、弁護士生命を懸けた裁判に勝利したことで、後年は美術品関係の様々な裁判に腕を奮う ことになります。
最近は映画館に足を運ぶことも少なくなっていたのですが、幹事様のお陰をもちまして、久しぶりに映画の持つ力を感じさせて頂きました。 もう高齢になる と、昔の様々な出来事など思い出しても、特に悲しい想い出を思い出してさえも、「もういいわ」と他人事のように感じることが多くなっています。 映画の主 人公のマリアが、小さな自分のお店を守りながらひっそりと暮らす中で、「懐かしい名画の返還」へと、諦めの中から突き進んだ激しい想いはどこから出てきた のでしょう。 彼女はまだ20代初めに両親や親しい親族と生き別れてしまいました。その後は自分のアイデンティティを進んで表に出そうとはしなかったかも しれません。戦争の傷跡を見ないようにするのではなく、この映画のようにありのままを描き出して貰うと、それも体験者だけを描くのではなく、何も知らない 若い人達も巻き込むような形になると、平和を守らなければという強い思いが広がるのではないかと思います。 弁護士の奥さんが2人目の出産を控えている 中、夫を励まし遠隔地ウィーンでの法廷闘争に送り出すシーンには、目頭が熱くなりました。
シネマ会後はミリアムさんお薦めのスペイン坂途中にあるイタリアンの素敵なレストランで夕食会を持ち年末のひとときを若者気分に戻って大いに語り合いまし た。
全てお膳立てをして下さいました幹事の皆様に心から御礼申し上げます。どうぞ2016年も宜しくお願い申し上げます。
有難うございました。

●海外を見てみる会 ニュージーランド旅 行特集

★クイーンズタウン (Queenstown) 安斉渥子

成田発所要時間10時間45分でオークランド着、乗り継ぎ約2時間でようやくクイーンズタウン空港に降り立った。出迎えのワゴン車でホテルに向かう途中に ヘイズ湖からギブソンバレーのワイナリーに立ち寄りNZワインを試飲してピノノワール1本を記念に購入。開拓時代の面影が残るアロータウンを散策してホテ ルへ。季節は初夏で9時過ぎまで明るい!ホテル前の湖に面したパブリックキッチン&バーでラムチョップとムール貝の夕食とワインで旅のスタートを祝う。翌 日はフリーデー、9時にホテルを出て湖に突き出た自然豊かな公園を散策、樹齢150年もの大木があちらこちらに立ち並び美しい鳥たちが羽を休めていた。間 もなく開店したショッピング街を覗きながら市内を一 望に見下ろすボブズヒルの山頂へゴンドラで登る。晴れ渡った眼下にはワカティブ湖、クイーンズタウン の街並、遠くにはサザンアルプスの山々が望めた。午後はアクティビテ―の一つ「ジェットボート」に挑戦する。切り立った渓谷の川をジェット噴射高速ボート で駆け抜けるスリル満点の遊び!年齢制限もないので、冥土の土産ではないが、全員一致で乗ることになった。防水コートとライフジャケットを装着し乗りこ む。ボートはシートベルトもなく捉まる手すりのみ、左右に大きく360度回転する。広い川幅の所は良いのだが狭い岸壁の間をすり抜けるようにボートは大き く振られて急降下する時は生きた心地はせずキャーキャーと声をあげ恐怖心を払うしかなかった。岸に降り立った時はへとへと、船頭に運転操作を褒めたら、運 転経験はまだ1年で特に免許は不要と聞いて足の震えが治まらなかった。(写真がジェットボートです)

★ ミルフォード・サ ウンド(Milford Sound) 安斉洋一

4日目の11月15日(金)は、午前8時30分頃クイーンズタウンをバスで出発。ミルフォード・サウンドへ向かう。途中いたるところ に牧場があり、羊や牛の群れを眺めながら進んだ。人の少ないニュージーランドでは、一般道でも時速100kmで走って良い。
夕方ミルフォード・サウンドに到着。このあたりは非常に雨が多いことで知られ、年間雨量は時として7,000mmにも達すると言われる(因みに東京は 1,500mm程度)我々一行がチャンプ晴れを持ち込んだおかげて本日は晴天である。4時30分頃マリーナー号に乗船。いよいよ船中に1泊するオーバーナ イトクルーズ(夕食と朝食付き)のひと時である。断崖が切り立つ絶景の中を船は静かに進む。
Milford Sound のSoundは「入江」と言う意味で、外洋に通じている。ご当地は世界遺産に指定されているニュージーランド屈指の観光名所で、フィヨルドと呼ばれる地形 である。夕食前に1時間程テンダーボートアドベンチャーと言うことでモーターボートに乗って湖岸にも近づいた。海面から1,682メートルの高さまでそそ り立つマイターピーク(Mitre Peak)、160メートル程の高さからしぶきを上げて流れ落ちるスターリング滝(Stirling Falls)やボーエン滝(Bowen Falls)の景観を楽しんだ。岩場では、オットセイやペンギンの可愛らしい姿を見ることが出来た。10時過ぎには船上から星を眺めた。翌朝7時頃朝食を 取った後、船は外洋の方まで進んだ。山並みが朝日を浴びて美しかった。9時下船。

★ マウントクック (Mt. Cook) 長部由美子

ザ ヘリテージホテルに昨夕着きました。素晴らしいロケーションに建つホテルと聞き、泊まるのを楽しみにしておりました。ところが配置がこんなに複雑な ホテルは初めて。これではホテル内で迷い子になると心配しましたが、さすが~あ!日本語(中国語じゃないよ)のホテルの配置図が用意されているのには感激 でした。
今日は朝9時からフッカー・ヴァレートラックへ半日ハイキングです。皆、日本から用意してきましたトレッキングシューズに履き替え用意万端、いざ出発で す。ニュージーランドの最高峰マウントクックの頂上は雲に隠れてますがアルプスの氷河が美しく見えます。ガイドさんに色々な植物の説明を聞きながら進みま す。マウントクックリリーにもめぐりあいました。問題は途中にある2本の吊橋です。ともかく風が強い!怖くて足がすくんでしまうのではないかと心配してま したが、橋はとても良く整備されていて皆スイスイと進みます。途中の木の道にはどこも金属か樹脂の滑り止めが貼ってありました。ミルキーグレーの湖面が輝 くミュラー湖を見て同じ道を戻ります。その足で昼食のレストランへ直行。なんと!その後また1時間余かけて全く違う植物体系のガヴァナーズブッシュを歩く 歩く。やっとのことでホテルにたどり着くと、マウントクックの頂上が青空を従え聳えていました。感激!夕食後は星空ウオッチングに参加し南半球の星座を観 察と素晴らしく活動的な1日でした。

● クライストチャー チ (Christchurch) 髙橋嗣雄

かつてニュージーランドの観光中心地であったクライストチャーチは、2011年2月にこの地方を.襲った巨大地震(東日本大地震の1か月前)がクライスト チャーチ中心街に壊滅的被害を及ぼしました。ガーデンシティーと呼ばれるこの街は国内第2の都市でいたるところに美しい庭園が無数にあります。しかし町の 中心部のビルは瓦礫のまま手つかずのものや、工事中のところが多く、観光客は多くは見かけませんでした。この街に着いた初日は港近くの小高い山の頂上へゴ ンドラで登り、クライストチャーチの全貌を見渡した後で市街地を歩きまわり前述の光景を目の当たりにして、うわさに聞いた美しいクライストチャーチは様変 わりしていました。
二日目は自由行動の滞在日としてホテルの至近距離にある地震で倒壊した大聖堂の仮設の建物として建設された「カードボードカシードラル」を皮切りに市内 を散策しました。この建物は紙素材を使用した建築物で、日本の建築家である坂 茂(ばん しげる)氏の設計で高い評価を得ています。同氏は若いころ我が山 本代表の会社でアルバイトしていたそうです。その後リスタートと言われる文字通り震災からの再出発の商店街で、船積みのコンテナーに派手な色を塗ってお店 にしている界隈を見て、第一次世界大戦時に兵士を送り出した処と言われる「追憶の橋」(今は工事中で通れない)を見て、日比谷公園の15倍の広さといわれ る「ハグレー公園」内の観光案内所に飛び込み、今が見ごろの「バラ園」を含む植物園を巡る2両連結のキャタピラー・ツア、市内を蛇行するエイボン川の手漕 ぎ船ツアー、市内を巡るトラム(路面電車)の3点セットツアーを推奨され美しい景色を堪能できました。市街中心部を除いてはさほど震災の爪痕は見られず、 期待にたがわず美しいクライストチャーチを観光できました。(写真は伴氏設計のカードボードカシドラルの内部)

★ ロトルア (Rotorua) 辻嘉和

旅の9日目南島を離れ北島のロトルアへ。ロトルアとはマオリ族の言葉で2番目に大きな湖という意味でロトルアの町の名となっている。ロトルアはマオリの人 達が太平洋の諸島から最初にたどり着いたところであり、今もマオリの人達が多く住んでいる。ロトルアに近づくと硫黄のにおいが漂う。この地一帯は世界的に も珍しい大地熱地帯にあり、日本での箱根や別府のようなところで湯けむりが上がり、間欠泉や坊主地獄もある温泉地である。
到着後はまず、マオリ族の生活や伝統文化を一堂に見られる復元施設に行き、マオリの歓迎儀式のショウを見る。ニュージランドのラグビーチームが試合前に披 露するパフォーマンスもその一つである。他に国が厚く保護しているマオリ族の伝統としての木彫品などのアカデミーやその作品を見ると世界の先住民族の生活 スタイルはアイヌやアメリカインディアン、アフリカの土着民など意匠は違え、生活スタイルはよく似ていることを実感する。
翌日は郊外のアグロドームというニュージランドの牧場や羊の毛刈りショウなどが楽しめる施設に行く。羊毛の代表的なメリノ種はじめ約20種の羊達がおと なしく壇上で並ぶ中見事な羊の毛刈りのパフォーマンスなどを見た後、車に乗って羊や、牛、アルパカ、ダチョウなどが放牧されている牧場をめぐる。朝今日も 天気に恵まれたと喜んでいたのも午後には雨となり、車を降りて動物達と直接触れることもできずちょっと残念なことであった。夕刻、ホテルのすぐ近くにある ロトルアの代表的なレジャー温泉施設「ポリネシアン・スパ」に全員水着に着かえて入り、旅の疲れを癒した後、今宵もニュージランドワインを囲んでのディ ナーを楽しんでロトルアの旅は終えた。(写真はマオリ族のパフォーマンス)

★ オークランド (Auckland)とニュージーランドの旅の後記 山本儀子

ニュージーランド人口の約1/3(140万人強)が在住するオークランド(オックランドと発音した方が正しそうですが)は、今回訪れた他都市と異なりまさ に大都市です。これまでの緩やかなペースと雄大な自然から現実に戻った、という感でした。ロトルアから235km、車で約3.5時間の自然環境を楽しみな がらの移動は快適、オークランドに正午到着、市中心の北東にあるミッションベイで海を見ながらの昼食後、すぐそばのケリー・タールトンズ水族館で110m の海底トンネルを動く歩道に乗ってサメやエイ、大きなGentooペンギン群を鑑賞、次は市南東に位置する瀟洒なヨーロッパの街角を思わせるパーネル・ ロードで思いがけないショッピングを楽しみ、日本では見られないような大輪のバラが咲くローズガーデンを散歩、最後に南半球で最も高い328mのスカイ・ タワーに行きました。最上階220mのデッキから息をのむような360度の眺望でオークランドを一望、なんと当フロア頭上からバンジージャンプが出来て、 その光景も見られたのです。宿泊先は市中心部にある5星ホテルStamfordプラザ、12日旅程最終泊の疲れを癒してくれる素敵なホテルでした。夕食は ホテルから徒歩数分のワイテマタ湾に面したフェリービルディングにあるハーバーサイドオーシャングリルのテラスで晩さん会、待望のクレイフィッシュ(日本 の伊勢海老よりやや大振り)を堪能しました。(写真はオークランドのスカイタワー展望台)

ニュージーランドの旅後記:
お天気に恵まれた旅行でした! 旅を最高に楽しめる幸運な条件です。ニュージーランド旅行でまず印象に残るのは、人の気立てが優しいことでした。これはニュージーランド航空に搭乗した時 からスチュワーデスさん達の対応ですぐ感じました。その印象は全6都市訪問後、更に深くなりました。次は自然の雄大さです。南島の羊牧場が半減して牛乳業 が台頭しつつある、という厳しい現実がありますが、人々の大らかさと逞しさはきっと継承されることでしょう。
今回の旅先を決めるに当たって、「安全」なところ、という条件が最大重要事項でした。日本にはないような大自然を見たい、おいしいワインも、ということか らニュージーランドを選びました。旅先でパリのテロ事件が起こりました。まるで遠い惑星の出来事のように聞こえた程、平和なお国柄でした。数日過ごす内 に、とても心が安らぎ、命の洗濯ができた旅行でした。

●ゴルフ愛好会

「秋 の懇親コンペ開催」  森田宏次

5 年前に年2回のペースで初めたコンペも今回で12回目を迎えました。
11月4日、雲一つない微風、快晴のもと、埼玉県嵐山町の嵐山カントリークラブで9人の精鋭!?が集いました。会員の高齢化もあるのでしょうが、このとこ ろ参加者が減少気味ですが何とか3組、9人でプレー出来ました。山本代表と長部さんはスタート時間が早いこともあり、わざわざコース近くに一泊してまで参 加いただきました。松と紅葉の楓に囲まれたフラットな美しいコースを愛でながら(といっても、ボールを追いかけるのが精いっぱいでそれどころでない人もい たようですが)全員無事18ホールをプレーしました。

ゴルフの原点はもちろん、歩いてプレーすることですが、最近のゴルフ場はプレーヤーが楽にプレー出来るようにと、ほとんどのゴルフ場で乗用カートを導入し ていて、ボールを打ったらすぐカートに乗りますので、折角広いコースに来ているのにあまり歩かなくなっています。嵐山CCはカートが有りませんので、いや がおうでも歩きますので、1日7kmは歩くことになります。
プレー後はゆったりとお風呂でリラックスして、表彰式を兼ねた懇親会です。
今回は、ゴルフコンペに必ず参加いただいている間 康裕さんが見事優勝されました。
ブービー賞とブービーメーカーの賞も設けましたがこれは内緒??です。
次回は来春、ホームコースの都下あきる野市にある立川国際カントリークラブで行う予定です。

一人でも多くの会員の参加をお待ちしています。

●チャンプハウス II を考える会

「第2回検討会報告」 中林由行

11/5に新橋生涯学習センターで開催し、新たに参加された丸本さんを入れて6名での討議となった。今回は各メンバーから「自分が提案するチャンプハウス Ⅱのイメージ」を出してもらい、それをたたき台として意見交換を行った。提案された内容の概略は以下である。
①メ インを中核駅から徒歩15分以内の便利な定借地に建設し、一方、リゾート地の中古別荘を借り上げてシェア別荘とし、2地域居住を楽しむ形にしたい。
②退 職者の終の棲家として楽しく暮らせる環境、建物、設備などをつくりたい。賃貸型が望ましく、自主管理をする。建設費を65万円/坪くらいまで落としたい。
③10 戸前後の所有型が良いのではないか。居室は25㎡~40㎡、トイレ洗面付き、浴室は共同でよい。食事は通いの人に作ってもらう、宅配にするなどで一緒にと るのがよい。
④南 相馬市向けに提案したような多世代居住シェアハウスも参考になるのでは。「働く・運動と遊び・学び・創造・思いやり」の五つのテーマを考える。被災地では 最低家賃として5万円/月を目標にしたい。
⑤50 代以上とか入居者のター ゲットを絞って計画したい。都市の駅近くの立地で地域に開かれた共用空間を持ち、託児所や学習教室を開設し、入居者がスタッフとして働いて収入を得るよう な形が望ましい。土地を購入するとすればチャンプのネットワークを通じた私募債で調達する案もある。
⑥小 規模シェアハウスの建設運 用事業費用をモデル的に試算してみた。50坪4,000万円の土地を定期借地し60坪の住宅を建設すると6,000万円かかるが、賃料収入は50万円/ 月、借入金返済は24万円/月、地代諸費用10万円/月で毎月16万円の剰余金があり、投資利回りは7.1%と算定できる。
⑦川 崎市の生田に知り合いの高齢の婦人が一人暮らしをしている築50年の住宅があり、住宅を保存再生しながら有効活用したいという希望がある。これを増築改修 すれば5~6人の小規模な高齢者向けシェアハウスとして活用できるかもしれない。ひとつの検討例として取り上げたい。
以上の様な提案に対して意見交換をした。時間不足で充分な討議はできなかったが、いろいろなイメージをつかむことができたので次回以降さらに検討をすす めることになった。

チャンプ例会(東京・関西)のお知らせ

第67回チャンプ例会

● 日 時: 2016年2月27日(土)12:00~15:00
申込期限 2月20日(土)
● 会 場: 東京ガス 四谷クラブ 電話03-3353- 3711
(地下鉄丸ノ内線「四谷三丁目駅」下車、四谷消防署前を北に約70m進み、左側レンガ張りビル)
● 会 費: ¥3500(料理・飲物飲み放題)
(受付にてお支払い)
● プログラム: アメリカよもやま話  山本代表
会員スピーチ「老前整理」平山美映さん(準会員)
(平山さんはNPO法人ハウスキーピング協会認定の整理収納アドバイザー1級)

2016年3月 チャンプ関西支部例会・懇親会

● 日 時: 2016年3月14日(月) 18:00より
申込み期限:3月7日(月)
● 会 費: ¥6000(お酒・焼酎・ソフトドリンク飲み放題)
● 会 場: おでん「コトコト・ダイニング」
(大阪市営地下鉄谷町線「谷町六丁目駅」7番出口より東へ300m)
● プログラム: 「アメリカよもやま話」山本代表
その他

編集後記

今年のお正月は高温と好天に恵まれまことに穏やかな新年でした。初詣やご家族団らんに楽しい時間を過ごされたことと拝察いたします。世情は残念ながら穏や かとは正反対で、各地でテロ活動が続き、北朝鮮からは水爆実験のアナウン スメントが届きました。東京株式市場は大発会以来6日連続して値下がりという、新記録を作りました。一方、パリのCOP21での取り決めが各国でフォロー されて、グローバルな環境の改善が進み、 PTT条約が批准されて、貿易・投資の面では一段と発展が期待される明るい材料もあります。
目前の出来事にのみ目を奪われず、世の中の動きを見据えながら大きな変化 を冷静に判断し、タイムリーに行動を起こす、これが現在の我々成熟世代に要求されているものです。
(宮尾賢記)